高梁川流域において、持続可能な地域づくりを担う人材を育成する みずしま滞在型環境学習コンソーシアム

水島の歴史

水島地域の成り立ち

岡山県の南西部に位置する倉敷市水島地域は、高梁川の加工部に広がる遠浅の海でした。江戸時代以降、干拓によりどんどん陸地が広がり、現在の水島地域の基礎が形成されました。第二次世界大戦中の1941年からは、三菱重工業(株)航空機製作所丘珠向上の建設に伴い、社宅を中心に現在の水島地区の整備が進みました。向上は空襲で焼けますが、戦後の1950年代から「農業券から鉱業県へ」をキャッチフレーズに、鋼鉄・石油化学を中心とした水島コンビナートが造成されました。

1964年にはこの工業地域を核として岡山市、倉敷市、玉野市、総社市を含む一帯が岡山県南新産業都市に指定され、1967年には水島港が大型工業港としての機能を備えました。現在、2512haの用地で焼く250の事業所が稼働し、県の工業出荷額の約半分を締めています

和解、そして未来へ

向上稼働後、特に大気汚染により多くの呼吸器疾患の患者が発生しました。国は、環境法の整備や「公害健康被害補償法」による患者の救済を進めますが、1970年代後半には、公害行政の後退が起こりました。1983年、公害患者は、「子や孫にはきれいな空気を手渡したい」と、主要企業8社を相手に裁判を起こし、13年の長きにわたる裁判闘争の結果、1996年に和解が成立しました。

水島コンビナートの遠景

環境再生・まちづくりの取り組み

裁判の和解を受けて、2000年3月に地域の環境再生、まちづくりを様々な主体との協働により取り組む組織として「財団法人水島地域環境再生財団(略称:みずしま財団 2011年より公益財団法人)」が設立されました。2019年3月には、市民・企業・行政・大学等研究機関が協働により「学び」をキーワードに水島を中心に高梁川流域の地域活性化や次世代人材育成を目指した「みずしま滞在型環境学習湯コンソーシアム」が設立されました。